ヨウムのバロ物語

2016年05月05日 10:10

ダルマ顔、

真っ赤な尻尾のアフリカン・グレー。

十歳になったヨウムのバロは、

大好きなポン君そっくりの声で

お客を迎え、

家族を呼び、

電話を真似、

大声で笑います。

「ウルサイヨ」

近頃覚えた言葉。

一人ではしゃいでは、

一人で注意。

これにはポン君も呆れ顔。

叱ることもなくなると、

バロはますます大きな顔。

ついには、リビングから

玄関先へと移動されます。

立派な館こそもらいましたが、

家族から離れたことで

大変です。

おもちゃを食いちぎり、

床の針金格子を折り曲げ、

扉を強く揺さぶります。

誰も来ないと泣き叫び

誰か来ると「遊んで」と大騒ぎ。

「うるさいよ」

ポン君の声にも力が入ります。

夜になると、バロの木の館は

黒い霧のような布におおわれます。

小さな隙間から洩れる外の灯りが、

残った希望。

大好きなポン君の態度、

「あれだけいつも抱いてくれていたのに

どうしたってもう出してもくれないの」

幼き日を懐かしみます。

どこかへ向かう人の足音は次第になくなり、

のびやかに散歩をする犬の匂いもなくなると、

突然真っ暗闇になります。

辺りの家の灯りは、

いつも身勝手に消えてしまうのです

長い館の夜の始まりです。

闇を待っていたかのように鳴き声が。

猫の、

あの悪意むき出しの響きだけは、

絶対に真似しない。

一度庭で襲いかかられたことがある。

籠の中、青い空を見上げていただけ。

何もしていないのに、まったく失礼極まりない。

身を震わしながら、

過ぎ去ってくれるのを待ちます。

さらに時間が経ち、

今度はカラスの大声。

誰かを呼ぶ声。心は躍る。

寝てなどいられません。

すぐに応えようと口を開くと、

昼間のポン君の怒った顔が浮かびます

「ウ~」

堪えている間に、鳴き声は遠くなります。

カラスの姿は、

昔、ポン君と庭で水浴びをしていた時に

なんどか見掛けたことがあります。

黒い影は大きなくちばしで、空の支配者の顔でしたが、

まるで怖くはありませんでした。

なんたって、こっちにはポン君がいたのです。

でも、どうしてか最近、この夜の中、

不敵な黒い影が、憧れに思えてくるのです。

遠くの声は、いつしか二つに重なり、

ついに消えてしまいました。

仲良く寝床へ向かうのでしょう。

気高い黒色は、

誰よりも強くて、誰よりも賢くて、仲間が沢山居て、何もかも手に入れていて、

でも、人からは嫌われます。

バロは何がなんだかわからなくなります。

楽しい事がしたいだけ。それだけのことが、

それだけで良いはずなのに、

近頃は一つもない。

見たことのない、取るに足らない小さな鳥を

手の平に乗せて

ポン君は言いました。

「これがチョーちゃん。バロちゃん仲良くしてあげてね」

小さな鳥はいつもポン君のそば。

その白色は、空気や水と何ら変わりません。

どうしてポン君がそんなに大切にするのか、

理由が見当たりません。

「バロ、噛んだらダメ」

籠に触れる紙やら、段ボールで遊び始めると

あわててポン君が駆け寄ってくれます。

でもポン君の手は、すでにふさがっていて、

伸ばした脚をつかんでくれることはありません。

外から子供のにぎやかな叫び。

これなら得意。

楽しくなれそうで

必死に叫んでみる。

車のバック音、おもちゃの銃、卵を混ぜる音、

これらもかなりの出来栄えだ。

すぐにポン君は走ってきてくれる。

でも、脚を差し出しても、知らぬ顔。

頭を下げても、撫でてくれない。

「バロちゃんは、本当にマネが上手いねえ」

って、あれほど褒めてくれていたのに、

何も言ってくれはしない。

大きな声を振りかざし、足早に去っていく。

「カー」

いつしか応えてくれる者は、

嫌われ者のカラスだけ。

「カア、カア、カア」

もうポン君は来てさえくれない。

「カア、カア、カア」

ただ誰かと遊びたいだけ。

もっと大きな声で叫べば届くだろうか。

床がグラグラと揺れ出して、

カンカン音が響き出して、

ゴンゴン身体を打ちつけて、

霧に包まれた箱は、どこかへ飛んでいく。

辿り着く場所は、

いつか皆で行った日本海。

初めて見た一面の雪、

鼻を痛める風、

大勢の人達。

「どうしたの?ビビッてるね」

悔しいけど、ポン君の言う通り。

でも違う、少し戸惑っただけ。

だから車に戻ると、すっかり元気。

シートのヘッドを止まり木にして

もう何も怖くない。

見下げると、ポン君の笑い顔。

ああ、もう随分と見ていない。

あの顔のために鳴き続けてきた。

ポン君の好きな、何もできない白い鳥と

ポン君の嫌いな、かしこい黒い鳥。

どちらでもないけれど、

自慢の尻尾の赤色は、誰よりもオシャレで、

音マネは誰にも負けない。

もっと上手くなって、ポン君をもう一度笑わせたい。

もう一度頭を撫でられたい。

雀の鳴き声。

「ピイ!ピイ!ピイ!」

カラスの次に好きな声。

木の隙間から

陽の光が差しこみ、

新しい朝を運んでくれる。

夜の間に起きたこと全てを

夢にしてくれる。

もう六時。水の流れる音はトイレの音。

次には階段を下りてくる足音がして、

玄関を開けてポストを開ける。

一段と大きな光が入り込むと、

勇気が少しだけ湧いてくる。

「ピー」

きっと今日は良い日になる。

「コン、コン、コン」

まな板の音が鳴り止んでしばし、

ポン君が日差しの中に現れる。

笑っているかはわからない。

でも、この時だけは

優しく話し掛けてくれる。

「バロチャン、バロチャン」

きっと今日こそは、楽しい日になる。

「ハーイ、ハーイ」

ポン君の透き通る声は、誰よりも耳に馴染む。

いつも胸に抱かれて聞いていた。

いつもいつも、いつだって腕の中だった。

今はほんの少しだけになってしまったけど、

この一時だけは、あの時と同じ。

今日からは、絶対良い日になる。

 

玄関前の館に住むようになって三年。

ヨウムのバロは、

今ではすっかり大人しくなりました。

昔のように、

ポン君の口真似しかしません。

「ウルサイヨ!バロ、シズカニシナサイ。ハッハハハ、ハッハハハ。イイカゲン二シナサイ」

自慢の尻尾を毛繕いしながら、

今日もご機嫌です。