
ここ数日
haruが産卵で動けないため
ほとんど遊んでいません
いつもなら
うっとうしいと
しつこいと
苦笑いなのに
じっとおとなしく、籠にうずくまるharuに
物足りなさを感じて
篭を開けても出て来ないharuに
寂寥をおぼえて
毎日が
与えてもらっていたのだと
知る事になるとは
迷惑がっていた過日に
到底、思うことはありませんでした
買う、買われるも
飼う、飼われる
とても対等ではないはずの関係も
命 対 命で
まったくもって対等で
身体が大きいから偉いとか
脳が大きいから賢いとか
まるで無意味
人の心は
あまりに隙間が多すぎて
だからこそ
敬うものも数えきれない程あって
その筆頭にharuやcho-ちゃん、valoがいるのだと
少し寂しい夜に
一人で想い更ける
今日は
そんな日です